でもこれは無意識化のプロセスなので抜本的な対策は難しい。とりあえずボクは○○がわからないと都度書くようにしてる。後で見るとわかってないことがちゃんとわかる。
人はわからないものに向き合い続けると疲れるので、勝手に「わかったこと」にしてしまうんですよね
「わからないもの」を勝手に「わかったこと」にしないというのは今でもだいぶ大事にしてる。わからないものはわからない。そこで自分に嘘をつかない。
起業とやらはシンプルに事務手続き多すぎるし別にそれを全てこなしても収入はないというのがハードよね
わからない→とりあえず納得できる解釈を立てる→しばらくはスッキリする→やっぱ完全に間違ってる→解釈をまた考える
を繰り返してた。基本的に昨日の自分の思考や発言は何も信用できない。
わからないものをわからないまま取り回したりわからないものをわからないまま見続ける耐性みたいなのはだいぶ上がりましたが
まぁでも大学の時のボクは量子力学わからないことが多すぎて、いかに「自分を納得させるための論理を立てるか」に偏りすぎた感はありよくはなかったなーと感じる。体力はついたけど。
ボクはカミオカンデ派かなー。研究とかで縁があったのはSpring8だったけど。
Spring8とカミオカンデのどっちの名前の方がかっこいいかは諸説。
「相対性理論は古典物理学」というの言ってる理屈はわかるが頭ではいつまでも納得していない。いやでも相対性理論はニュートン力学の矛盾はついてもマクスウェル方程式は全面肯定なんだよな。ほなマクスウェル方程式なので古典力学かー。
そういや研究室の准教授が言ってたことがおもろくて今でも覚えてるんだよな。
「ある仮説を示すとき、数学屋は厳密に証明する。実験屋はn=10〜100くらいは取って精度を比較する。理論物理屋はとりあえずn=1でグラフを重ねてなんか似てたら満足する」
「だってあるものはあるじゃん!」という幼稚な反論を物理屋は言うしかない。ある日それが突然世界から消えたらそのときはそのときでまた考える。
君が訂正せずにいられないのもわかるけど〜
どれだけ美しい理論を立てようが実験結果と矛盾したら完全に間違ってる世界なので。
物理は「なぜあるのか」なんて考えない。「ある」ものは「ある」
物理屋が数学下手傾向強いのは物理屋の本能みたいなところある気がするんだよな。物理屋って結局「そこにあるならあるし、そう動くんならそう動くんやろ」という最後は世界の意思に任せるしかないという諦めと割り切りが根幹にあるので。
海ほタイム!!!
狐…!
あと物理屋は数学が下手なので、ヒルベルト大先生に「量子力学は物理学者には難しすぎる」とディスられている。
我々は我々が理解できる範囲でしか世界を理解できない