「何でその文章を書いたのだろうか?」と自問しどう捉えたところで結局は他者に「反応されたい」という答えしか返ってこなかった。使い方次第で有用にもなるんだろうけれど、ものすごいくだらない文章を書いた時に、この捉え方を脳の片隅に置いているからSNSを使って「自分の日常」や「自分の毒にも薬にもならない考えの切れ端」を垂れ流している自分がとんでもなくキモいと思える。

さて自分のSNSの使い方がいかにクソでそれを理解していながらそんな場所に参加している自分が最高にクソであることを自覚すると、SNSへの依存を下げようとするフェイズに移行するが、既に依存症と呼べるレベルで依存している脳の報酬系が暴れ出し、またSNSぐらいしか人間と付き合えないという依存先の少なさか、寂しさを埋める方法がそれだけという理由もある。そういう訳で寂しくなってまたやり直す。それを繰り返す。

そんな自分は実に哀れな姿をしていると思う。

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