「科学で」こういうモデルになっていくのがおもろポイントな気がするんよね。科学という世界宗教で、しかも工学的に発展していく所。あと、このモデル自体が、あらゆる体系(記号系)は単にその体系の中で無矛盾な秩序を形成し適応度を保つところ。この辺が不完全性定理やら、あるいは存在論の話と混ざって展開されそう

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Discussion

多分れんちょんも念頭にあると思うけど、こういう流れってやっぱり仏教とかでは既に何千年も前に終わってる話ではあると思うけれど…

結局、人間の脳ミソで人間の脳ミソをどこまで理解できるのか、その限界に興味あるのんなー

わかる…内側に向かっていくしかないと思うわ。