QWERTYで手が悲鳴を上げるようになって以降、親指シフトから始まり仮名系でもローマ字系でも自作配列とか散々やりちらかした自分の経験からすると、内語をプロンプトとしてモニター上の文字を出力する間の過程が、段々と運動記憶という抽象的な形に単純化されていって、そのうち視覚的な鍵盤上の文字配置というのが思い出せなくなってくる感じなのだと思ってる。

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Discussion

鍵盤配列界隈では、打鍵ストリームみたいな考え方がけっこうあったような気がするけどしばらくその辺見てないからよくわからん