SFでよくある「脳の神経活動をデータとしてコンピューターに保存することで死後も自我を残して活動できる!」みたいなのを見ると「自我は残るかもしれんがそれは自分の複製であって今ここにある自分の意識は死によって消滅するしそれが死の恐怖では?」という気持ちになる。未来の世界の権力者が自我の複製を残せるだけで死を受容できたり死の恐怖を解消できるほどのマヌケばっかりなの、なんか嫌じゃないですか。

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