「米をもらってる」発言の本質はどこにあるのか
──制度圏外から考える、怒らない選択
農水大臣が「米は支援者からもらっている」と口にし、炎上した。
特権的だ、ズルい、辞任せよ──メディアと世論は一斉に“怒り”のスイッチを押した。
だが私は、この発言を別の視点から読み解きたい。
農水大臣は、貨幣を通さずに米を手に入れている。
これはまさに、制度圏外の流通を“体現してしまった”出来事だった。
もちろん、彼がそれを「当然の特権」として語ったことには問題がある。
けれど、それ以上に重要なのは
「なぜ私たちは制度に依存し続けているのか?」という問いだ。
米を買えないのは政府のせいだろうか?
いや、むしろ自分たちが、農家と直接つながる道を選んでいないだけかもしれない。
中間を通さず、信用でつながり、助け合う。
そんな関係性は、実は昔から存在していたし、今も可能だ。
制度はどこかで必ず限界を迎える。
そのとき怒るのではなく、静かに制度の外に降りていく。
自分の足で、自分の選択をする。
怒らないこと。依存しないこと。
それは、あらゆる制度よりも先に訪れる、未来の生き方かもしれない。
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