プロフェッショナルで運営されてる列車や航空だって死亡事故が起きないと改善されなかった事例がこまんとある。
自動車に至っては交通戦争と呼ばれるほど人が死んでる。
問題は起きてからじゃないと理解されない
たとえ賢く先手を打てる人がいたとしても、集団がそれを阻止するなんてことはよくある
「まだ必要ない」「無駄」「心配しすぎ」「今ので十分回っている」「お前が私腹を肥やそうとしてるんだろう」
よくある身近な例が「人手不足でも仕事回しちゃったら人手増やしてくれないよ?」というやつ nostr:note1vwt2jgkyp54e4nl9u22r9jjzdg2mvgah23s9tv74x95aznkxz0rs9kpdx7
集団はまだ起こってない不利益にはとことん鈍感なので、迅速に解決するには不利益が起こるまで待つか、別の形で不利益を早急に起こす必要がある
多分環境保護団体がやってるのは後者のタイプ。なお受け入れられるかはやり方次第。
自分たちの利益を捨てますわ、後の人たちも続いてください、はまだいいけど、お前たちの利益は捨てるけど俺たちは利益受け続けるから、は基本許されない
高い方に合わせる財力がもうないんやろうな...
失ってから気づいても遅い
生まれた時から存在しているものは「自然」で「あって当たり前」のものだと錯覚するという性質がある。
それは本当にあって当たり前のものだろうか?
過去の経緯は無視した方が破壊するには都合がいい
その結果に何が待っているかも無視できるので
金持ちは目立つが貧乏は目立たない
あと、「目立ってる存在は特別な存在である」という原則を忘れてしまいがち。
目立たない多数は、目立たないがゆえに注目されにくいし、闘争をやるには目立つ存在を断罪するのが一番闘争心煽れるので意図的に無視されやすい。
相手の存在を悪だと決めつけて断罪しないと戦争は始められないので、戦争したくないならそういう流れを抑える必要がある
多分国民文化的な差はあるとは思います(社会に対する信用度とか地域コミュニティに対する信頼度とか)が、国家間ではなんか割と起きてる気がしますね
まあそうしないと「闘え」ないですからね nostr:note13qwtsphha6pacdmw4c9g0q3h3wmpar0laadmk5kqnlx0qh0seuts6yzanz
「対話を継続せよ」という言葉があちこちで使われるのは、相応の理由がある
これは所謂陰謀論とやってること同じなので
想像上の相手に利益を渡さないために相手をいかに損させるかという思考になりがち
歪んだ認知のぶつけ合いは、コミュニケーション不足から起きる
基本的に、当事者は自分の負担はクソデカくて、対向側の負担はクソ小さいと錯覚するように認知を歪めるので