とんでもない山奥にいる 
X、すぐ乳まみれになるのやめてほしい…僕が煩悩まみれみたいじゃないか。
つけばいいか!!(アホ)
無能すぎて旅行の予定が立てられない
おめでとうれんちょん
何とは言わないけどchat gptで本の要約する人向けのコンテンツ。
川が張り切ってる 
東京結構やばそうな場所揺れてるな…笑
クソデカ記号系を世界そのものだと勘違いする人類における致命的バグ
坐るしかねぇのや!!
まだまだ、というか伝統的に「主観は科学ではない」ので当然ではある。
落合陽一がマタギドライブで見ようとしている世界は片面だけ。「世界を確率論的だと置くこと」しかし、CPCによれば「世界も認識も確率論的」であり、こうした存在論が認識論と同化して無化する描像は〈空〉の理論体系そのもの。空だけではなくて、内観の技術が必要なことは明らかなので、そこのノウハウがない科学はまだまだという話になる。
めっちゃ雑に言えば、個々の記号系による〈世界〉の描像は、「世界そのもの」には原理的にならないので、そうすると認識の内側に原理を遡行する事になり、そうした世界と識の関係は〈空〉の理論として1000年前に完成されている。空だけで人は救われないので、内観によって原理を遡行し、一切覚者を目指す必要がある。
(密教も土台に空を置いている以上同じ構図)
多分れんちょんも念頭にあると思うけど、こういう流れってやっぱり仏教とかでは既に何千年も前に終わってる話ではあると思うけれど…
「科学で」こういうモデルになっていくのがおもろポイントな気がするんよね。科学という世界宗教で、しかも工学的に発展していく所。あと、このモデル自体が、あらゆる体系(記号系)は単にその体系の中で無矛盾な秩序を形成し適応度を保つところ。この辺が不完全性定理やら、あるいは存在論の話と混ざって展開されそう
FEP自体反証可能性怪しいと言われてるのもありつつ、「どうすればうまくいくように見えるか?」と「世界それ自体」は違うから、あくまで、この文脈でこういう仮説が成り立つ、というモデルにすぎない。あくまで工学出発→理論物理的という流れだし nostr:note1xfdawsam4ch997a8rrl2knhra2m9j3uf3a4a5xpjzk8ed5uyav4qdcdrqs