根拠のある考えではないんだけど、僕はなんとなく肉体と精神は不可分であるように思ってる。
一部のクラゲとか粘菌みたいに群体として存在できれば肉体の非永続性に由来する恐怖の一部は解消可能かもしれない。
インプットとアウトプットが出来れば人の肉体という器である必要は無さそう。
キンタマ痒いな〜と思ってもキンタマも手もないから掻くことができない。
肉体というインターフェイスなしに自我を存在させるの、それはそれで地獄っぽくない?
あー意識や自我に対して物理的な存在としての器は必要なのかみたいな?
例えば鹿ナマコの意識の複製を作れるとして、ウィーンガチャンって複製を作ったとするじゃん?そんで「はい複製あるからお前を殺すけど怖くないよね?」って言われたら「それは話が違うやんか」ってなると思うのよ。
SFでよくある「脳の神経活動をデータとしてコンピューターに保存することで死後も自我を残して活動できる!」みたいなのを見ると「自我は残るかもしれんがそれは自分の複製であって今ここにある自分の意識は死によって消滅するしそれが死の恐怖では?」という気持ちになる。未来の世界の権力者が自我の複製を残せるだけで死を受容できたり死の恐怖を解消できるほどのマヌケばっかりなの、なんか嫌じゃないですか。
パトカーを煽ると怒られるんじゃ
今回僕は目の不調(結膜炎に似た充血とデロデロの目やに・今回の風の初期症状かは不明)から始まって咳と痰(年末年始の勤務で喉を酷使したのでそれ由来だと見誤った)が来て発熱と倦怠感みたいな感じで推移してるよ。
食べ物は3〜4日くらい食べなくてもしなんし最悪UberEatsとか出前館とかでどうにでもなる。薬は「あれ?」と思った時にさっと服用できるか否かで経過がかなり変わるので。
今元気がある人が何か備えるなら、検査キットなんざ買わなくていいから(たぶんどうせ見つからん)自分に合った解熱剤・咳止めあたりの薬とスポドリの買い置きを多めに用意するんや。
昨日は深夜に来た朝霞の救急隊が「朝出動してから一回も署に帰ってないですねぇ」って遠い目をしてたよ。
月曜に主治医と話した時には二人とも「多分再来週とかがピークでは?」という感覚でした。
https://x.com/sukunabikona7/status/1876903136368955723?s=46&t=k_o32gS8lnq-1EXzE4MSpg
恋人ともども年末から風邪をこじらせていて、もはやどっちが外で貰ってきて移したとかはどうでも良いのだけど、なんとも幸先の悪い一年の始まりだなあと。
蓄膿って鼻呼吸出来るんだっけ。
インフル・コロナのkitは寝たので初めから何度も使ってて全部陰性だから違う前提でいたんだけど、症状的にはそこそこ怪しい。
・平熱
・喉は少しむずむずする程度
・痰はわずかに出てるくらい
・動くと疲労感が出やすい
・インクみたいな匂いがずっとしてる(他の匂いを感じないわけではない)
ンーーーーーッ!!!微妙なとこだなあ。
なんかずっと図画工作の授業で版画の時に使うインクを練った匂いがしてるんだけど、これは嗅覚異常では……🦭