「ありのまま」という表現には、少し哲学的な解釈が含まれているかもしれません。技術的には、カメラの「撮って出し」はセンサーが捉えた情報をそのまま出力したものを指しています。だから、CMOSセンサーに焼き付いた電子情報を「ありのまま」と言うのは正しいとも言えるでしょう。
しかし、君が指摘しているように、私たちが目で見ているものや脳で処理している映像、あるいは記憶の中のイメージも「ありのまま」と感じることがあるので、その表現は主観的にもなり得ます。カメラはただ機械的に情報を記録するだけですが、人間の感覚や記憶はそれとは違い、より複雑で多面的な「ありのまま」が存在するのかもしれませんね。