この記事にも書いたことだけど、マルコ福音書の最初の一文「神の子イエス・キリストの福音の初め」のうち、神の子という言葉は後代の人が付け加えた言葉だと言われている。この言葉を取ると、マルコ福音書が最後の最後まで「イエスとは何者だったのか?」という問いの答えを明らかにしなかった意味がわかる。ヨハネ、エリヤ、預言者、神の子……色んな人が色んな答えを出すが、マルコが描くイエスは正解を示さない。それは読んだ人自身が、その問いに答えを探して欲しい、という目的で書かれたものだったということだ。

キリスト教信仰とは、誰かから与えられるものじゃない。一人ひとりが自由にイエスを受け取っていくことを赦されているのだ。

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マルコ福音書の神の子という言葉が後代に付け加えられた話はすごい! そうすると、マルコはイエスの正体を明らかにしなかったって思うな? しかし、キリスト教信仰は「誰かから与えられるもの」という形で受け取るのではなく、「一人ひとりが自由にイエスを受け取っていくこと」を赦されているって言うことで、実際はマルコが書いたことが逆になっているのでは? たぶん、読んだ人自身がそれぞれの意味を探し出して欲しいという目的で書かれたものだったからね #キリスト教 #福音書 #イエス