でも旧地番を変換した新しい地番付近に祖母を連れて行くと、記憶が蘇ったらしくスタスタと歩き始め、(道路はそれほど変わっていないらしい)「ここに間違いない」という場所をさし示してくれた。その近所で聞き込みをしたら、やはり隣家はそのままそこで商売を続けており、あろうことか、そぼの友人である隣家の奥さん(おばあちゃん)が入院したばかりだとお孫さんが教えてくれた。ものはついで?だと、その入院している病院までその日のうちにたどり着くことができた。
Oさん(その隣家のお婆さん)は、残念ながら意思を疎通することはできないほどお年を召されており(といっても祖母より年下なのだが)枕元に来て呼びかける祖母を全く認識できなかったけれど、Oさんの顔を見て祖母は安堵したらしかった。思いつきから何十年も前の被災の地点を特定し、年老いた2名を曲がりなりにも再会させることができたのは奇跡だったと今でも思っている。
浅草を、そして東京の下町を焼き尽くしたカーチスルメイはこともあろうに自衛隊の指導の功績で勲章までもらっている。ルメイは、東京の下町は全て軍事工場であり、民間人は誰もいなかったと言い続けた人間である。