落語は、それを言ったら、性差別も酷いし、権威主義も酷いけど、私はそれはそれということで楽しむけどなぁ(少なくとも性差別については私もガチで差別される側になる訳だけど)。
そんなことを言ってしまったら、古典は何れもダメってことになっちまわないか?
その根底に横たわる人間存在のおかしさや悲しみや醜さや…みたいなものは、普遍なわけで、そのエッセンスを楽しむものなんじゃないのか。
粗忽長屋だって、らくだだって、火焔太鼓だって、みんな、そこに自分の中の同じもの、残酷なもの、ずるいもの、卑しいもの、醜いもの、権威が好きなところ、臆病なところ、…みたいなものと共鳴するから面白い。頭で聞いちゃダメなんだよ、あれはハートで、自分の心の中の世界と共振させて楽しむんだ。
自分の中のそういうダメなところを排除してクリーンに保とうとする人こそ、私は怖いと思う。