春分の日になると、宮沢賢治の春と修羅の中のフレーズを思い出す。

わたくしといふ現象は

仮定された有機交流電燈の

ひとつの青い照明です

青い照明が交流であれば、消えている瞬間と点っている瞬間が交互に訪れ、激しくて点滅していることになる。

しかし人の目には、点り続けているように見える。

となると、消えている瞬間は、どこへ消えたのだろうか。

宮沢賢治の春と修羅を思い出すたびに、日常の傍に見えない何かが横たわっているかのような、不気味さを感じてしまう。

果たして、見えない何かは、何であろうか。

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