https://www.youtube.com/watch?v=tU7sxczDQPI
# 日本とは何か?西郷隆盛、本居宣長、福澤諭吉の日本論
## 情報革命と明治維新
### 現代の情報革命と明治時代の類似性
現代の情報革命は、明治時代に起きた情報革命と驚くほど似ている。明治時代、新聞という新しいメディアが登場し、それまで噂話だった河原版から事実報道へと変化した。しかし、その情報は依然として偏見に満ちていた。
例えば、西南戦争の際、九州にいない人たちが京都や大阪での噂話を基に河原版を作成していた。西郷隆盛の弟子たちは、東京にいる大久保利通について「毎日西洋のタオルを使い、西洋の金を使い、洋風の生活をしている」という情報に接し、西郷を西洋主義者だと判断して反乱を起こした。
これは現代のSNSと全く同じ構造である。自分が見たい情報だけが集まり、島宇宙やクラスターを形成する。情報によって人々が操られ、自分で判断しているつもりが、実は大きな流れの中の一部として動かされている。
### 福澤諭吉の警告
福澤諭吉は、情報革命がもたらす危険性を鋭く見抜いていた。彼は「極端主義」という論文で、情報が入ってくることによって人々が極端になり、政府が過剰に抑えをつけようとすると、結局両方が極端になって社会が殺伐としてくると警告した。
福澤は、この殺伐とした時代だからこそ言論活動が重要だと考え、慶應義塾を作った。彼の特徴は、単純な政府批判ではなく、官民調和を目指すバランス感覚の良い保守主義的な姿勢を持っていたことである。
## 現代の破壊的な孤独
### 共同体の崩壊と個人の孤立
現代の日本は、かつてないほど孤独な社会になっている。地域共同体が崩壊し、家族内でも5人が同じ部屋にいても、全員がスマホを見て違う情報にアクセスしている。
この孤独は、単なる共同体の崩壊ではなく、破壊的な孤独である。人々は、スマホの向こう側にある情報を発信する人や、自分と気が合う人と交流することで共同体を作っている。共同体の空間が向こう側に移ってしまったのである。
### 無色透明な個人の存在
このような状況で、人々は何の基準もない無色透明な個人の存在になってしまう。黄色が入ってきたら黄色になり、ピンクが来たらピンクになり、黒が来たら黒になる。流行によって色が変わる水のような存在である。
本人はリア充実しているように見えるが、実は異様に疲れている。書店には自己啓発本と、疲れた時の対処法の本が溢れている。これは、過剰な自己啓発と充実感の裏返しである。
### 推し活の流行
推し活が流行しているのは、この孤独の裏返しである。自分の参加感があり、歌手を押すことによって無名だった人がどんどん競り上がっていく。これは自己実現の代替手段となっている。
この現象は、政治の状態と似ている。自分とは何かを決めるのは難しいため、誰かを押すことによって、その人が自分の代わりに社会で力を持ったり、音楽シーンで活躍したりすることが自己実現につながっていく。
## アメリカの国家像と日本の課題
### アメリカの二つの国家像
アメリカには二つの国家像がある。一つはイーロン・マスクのような、グローバル化によって成功した人たちのキラキラしたアメリカ。もう一つは、教会で静かに祈り、週末に家族と静かに暮らす、古き良きアメリカである。
トランプの関税政策は、この古き良きアメリカを取り戻そうとする保守革命である。一時的に苦しくなるが、それによって製造業を取り戻し、お父さんが就職できて、家族が一定の賃金で家庭を営めるようになる。そして週末に薬物に走らず教会に行くような、古き良きアメリカ人像を取り戻そうとする運動である。
### 日本の無防備さ
日本は、アメリカのプラットフォームを一番無防備に入れてきた国である。Twitter、Facebook、YouTube、すべてアメリカのプラットフォームである。人々はGAFAで働くことを目標にして喜んでいるが、それはうまく使われて稼がれているだけである。
この無防備さは、国際社会におけるルールメイキングの争いの中で、日本が不利な立場に立たされる可能性がある。アメリカが中国と握手したら、日本は置いてけぼりにされる可能性がある。
## 日本の価値基準の喪失
### 80年間のアメリカニズム
日本は80年間、アメリカニズムに染まってきた。安全保障もアメリカの傘の下にあり、政治的な政策も文化も経済も、すべてアメリカの影響を受けてきた。
派遣労働者の切り捨て、大規模店舗法の廃止による商店街の破壊、すべてアメリカのルールに従ってきた。しかし、その自覚がないことが問題である。
### 価値基準の重要性
西郷隆盛は、西洋文明を取り入れるのはいいが、どの順序で入れるかは日本人の価値観がないと決められないと言った。りんごとバナナとみかんがある時、どの順番で食べるかは千崎の価値観がないと決められない。価値観がないと、選べなくて餓死するか、全部一気に食べてお腹を壊すかになる。
この価値基準を持つことが、今の日本には必要である。国際社会がバラバラになっている中で、日本なりの価値基準を持たなければならない時期に来ている。
## 古典に学ぶ日本の独自性
### 本居宣長の文学研究
本居宣長は、江戸時代の文学者である。『古事記』や『源氏物語』の研究を江戸時代の1700年代後半にやった人である。この人を勉強すると、日本の歴史の通史のようなものが頭の中に構築されてくる。
例えば、『万葉集』第1巻の63番に「いざ子ども早く日本へ」という歌がある。この歌は、大国中国に渡った日本の外交官が、向こうで交渉をして、日本という国を認めさせた後、帰ってきて酒を飲んで歌った歌である。
### 男女関係の独自性
日本の古典を研究すると、中国とは違う価値観が潜んでいることがわかる。中国では酒の話が圧倒的に多いが、日本の歌では酒の話はほとんどなく、男女関係の話が多い。
男女関係は単なる恋愛関係ではなく、政治にまで影響を与える。天皇陛下は多くの女性と関係を持っているが、これは女性の方が特別な力を持った存在であり、その人たちと関係を持つことで、自分の中に力を取り込んでいくということである。
### 共感の重要性
本居宣長は、授教や商品経済がもたらす人間関係は受け入れることができないと言った。法廷と共感こそ人間の本質であり、それを中心の価値に置いて独自の関係性を主張したのである。
これは、現代の暴力的な人間関係とは正反対である。相手がいることがあって、その人の心に自分が認めてもらうには言語を工夫することによってアプローチをかける。今の社会は「なんで俺のことが分からないんだ」という暴力性を持っている。
## 死生観と現代社会
### 死の問題の回避
現代の日本社会は、死の問題を避けてきた。戦後、人間が死ぬことや傷つくことがリアルにあったが、それが脱臭されて見えなくされてきた。
少子高齢化でこれからたくさんの人が死ぬ。しかし、宗教性が薄い日本では、死に方がどうあるべきかが担保されていない。インドでは巨大な死に関するシステムがあるが、日本では一人一人が説明を求められるしんどい社会になっている。
### 自衛隊のメモリアルゾーン
自衛隊が殉職すると、市谷の防衛省の中にあるメモリアルゾーンに慰霊される。ここに総理大臣が年に1回花を手向けに行く。しかし、ここには匂いがない。つまり死をしていないのである。
これは、日本が死の問題を避けて、基本的には高度成長期の生きてく、王勢に生きてくことを是とする形で国づくりをしてきたことを象徴している。
## 今後の課題と展望
### リベラルアーツの重要性
リベラルアーツ(教養教育)が日本で流行しているが、これは否定すべきではない。重厚な言葉がないと、言葉に発見が出てこない。人同士は最後はその人の言葉によって説得されて動く。それが厚みを失っているのに言葉に足を救われるのをポリズムという。
ポリズムを防ぐためにも、重厚な言葉が必要である。歴史を学ぶことで、古典が今に躍動しているような気づきを提供できる。
### 勉強の仕方
人間は30代、40代になると急速に勉強し直したくなる。その時に一番思うことは、勉強の仕方が分からないことと、どの本がいい本なのか出会い方がわからないことである。
例えば、最近問題になった米の問題は、戦前も全く同じことがあった。満州から大量輸入し、さらに増産を命じた。その翌年米価が下がって農家が困窮し、大根をかじってる貧しい子供たちが東京に売られていく状態になった。
### 古典教育の復活
古典を読むことで、1000年も冷凍していたものを解凍して食べてみたら味が一緒だったような体験ができる。これが、古典を提供できているということである。
今、自画像を知りたいという潜在的な欲求は感じられる。みんな迷っており、それが欲しい。しかし、そのための勉強方法が分からない。ここに学者の役割がある。
## 結論
現代の日本は、情報革命によって破壊的な孤独に陥り、価値基準を失っている。しかし、古典を学ぶことで、日本の独自性を取り戻すことができる。
本居宣長や西郷隆盛、福澤諭吉の思想を学ぶことで、日本なりの価値基準を構築し、国際社会の中で自立した国家像を作ることができる。
重要なのは、急激に取り戻そうとするのではなく、じっくりと取り組むことである。一つのことが今日分かり、もう一つのことが次に分かってくる。そうすると足が4本になったみたいに、安定した基盤ができる。
これが、今の日本に最も必要なことである。