ニコ動とかUstreamとかで育った可能性もあるし
まあその頃のYouTubeは動画少なかったしアレだけど
今20歳の配信者は6歳の頃にはYouTubeがあったわけだからテレビの記憶があんまりなくても不思議じゃない
ぼくなんかはテレビっ子だった世代だけど今じゃメインの視聴者層はテレビほぼ見たことない&配信者もテレビほぼ見たことない世代となったらどう変化するかは気になる
テレビ見なくなっても企画系YouTuberとかゲーム実況者のトークのノリとかはテレビの受け売りだと思う
And they tend to “revise” history… like, the war was justice, Japan has the most “deep(what dose this mean???)” tradition and long history (like an argument about Jomon cultivation), denial of any Ainu culture or so…
This is just my experience so not always true, but due to this, the antagonistic feeling against these contents is perfectly embedded in my thoughts.
What i don’t like about “Nihon Sugoi” is my experience that those who continuously check these contents are most likely discriminating against surrounding ethnic groups
なんかこの一日やり残したのもやもや感
食べたあと喉元まで戻ってくる確率高すぎ
寒い
充電器ないやんけ おわったわ
好きな分野は日琉語学
うそ このくらいでは死なない
朝 リンゴジュース
昼 なし
死ぬ
言語の意味そのものだけではなく「慣習にも規則がある」と語るのが楽しいところ
この範囲を超えてくると言語使用に関する慣習、言外の意味を扱う語用論、さらに認知の発達に関する心理学などが関わってくる
言語が面白いのは、定義が曖昧なのに同一言語集団内ではほぼ過不足なく情報の伝達ができること(意味論的な範囲で)
しかしそれらの語に定義らしきものを与える規範は強力なので、ある地域のある集団の同一言語話者にとっては、定義がなくともほぼその範囲を外れることはなく鳥や虫といった語を運用できる
我々は鳥とか虫とかいう単語さえ満足に定義できない