そんな祖母だったが、東京大空襲の折に浅草にいたことは事実であり、子供の頃から何度もどんなふうに、どんな音でB29が飛んできたか、焼夷弾がどんなふうに落ちてきて、どんな風に家を焼き、祖母がどんなふうに火の海を逃げ惑ったかは繰り返し語ってくれた。
戦争の話は一切しなかった祖父と違い、その経験は自分の中で本当に貴重だったと今では思っている。
10年ほど前に友人と浅草のあるおでん屋に行ったら東京大空襲の写真が店内に貼ってあった。僕は祖母の話を思い出し、つい店のマスターと東京大空襲の話で夢中になって話し込んでしまい(経験もしていないのに!)、隣にいた彼女をすっかり怒らせてしまった経験がある。
あの地獄を語ってくれた祖母のおかげで自分は経験したかのように夜空を飛び交うB29と焼夷弾の映像を脳裏にとどめている。
実はあれが原爆と並んで人類史に残る大虐殺であったこと、カーチスルメイの名前、そんな知識への関心へとつながったのも祖母のおかげである。